あらい採用サイト

日々のこと environment

 今の仕事をよりよい仕事にする時に、目の前にある最も難しい問題が現れる。これは、会社全体の仲間共通の問題で、目をそらしたくなる様な、放置する期間に比例して重大性を増す皆を苦しめる物事のボトルネックとなっている問題である。この逆境である目の前にある最も難しい問題を乗り越えていかなければならない。

潜在意識

私達の意識には階層が2つあり、顕在意識と潜在意識に分ける事が出来る。

顕在意識とは、普段私達が自覚出来ている意識の事を意味し、潜在意識は、無意識に心の奥に潜んでいる自覚出来ない意識の事を意味する。

この意識に占めるそれぞれの割合は、顕在意識が5%、潜在意識が95%という様にいわれており、この事からわかる様に、意識の殆どは潜在意識という訳である。

この潜在意識が私達の「思考」「言葉」「行動の選択」を支配している。

潜在意識は、自信の日々の生活の中で選択を迫られた時、潜在意識の中にある記憶、そして価値観・信念に照らし合わせその後の行動基準を決める。

潜在意識を活用する事で何故願望が叶い易くなる理由は、自身の潜在意識の中にある信念が、願望を叶える為に必要な考え方や行動を、無意識にとれる様になるからである。

潜在意識に願望が刻まれると、ある問題に直面していて、なんとか解決しなくてはと思っている様な時、それまで見逃していた情報も得る事が出来、物事の見方や捉え方も、建設的に変わる。人との関係においても、積極性が増したり、好感を持たれる様に変わっていく。

また本屋に行けばそれについて詳しく書かれてある本が目に飛び込んできたり、テレビを見ていたら、それに関する話題の放送に気付く事が出来る。

この様に必要とする情報や、人、物、条件などを、タイミングよく提供してくれる。

これらが引き金となり、以前の自分では考えられなかったひらめきが与えられ、あっというまに問題が解決してしまうような事が起こり願望を実現してくれる。

会社を運営していて、もう駄目だと思った事が何回かある。しかし、そこで、くじけずに信念を持って頑張っていると、天からの助けが降りてくる。本当に不思議としか言いようがない偶然がおきて、助けられた事が何度かある。

切羽詰まった時、「絶対に一歩も後には引かない」「この状況を必ずクリアする」という強い気持ちを持って集中していると、現状の打開という目的に向かって、潜在意識が動かす事が出来る。

潜在意識を活用出来るれば、私の身に起きた様な事を、頻繁に起こす事が出来る。つまり、自分の願望を叶える大きな助けになる。

願望の実現や成功を得る為には、基本的に自分の行動力と努力がベースになっていなければならない。このベースの上に潜在意識の活用が加われば、自信が望む物を手に入る事が出来る。

潜在意識まで深く浸透した信念の様なものがあれば、強く解決しようと自己暗示する事で解決する事も出来る。例えば「寝てる間に考える」とか「朝起きたら自分なら解決出来る」等である。

ひらめく為の「何としてでも成し遂げる」「誰にも負けない努力」

あらいでは、志を掲げ、厳しい未来に挑戦していく中で、目の前の最も難しい問題を解決していく時に、なんとしてでも成し遂げるという強い気持を持ち続け、誰にも負けない努力(自分のすべてをつぎ込む、寝ても覚めても考え、謙虚に学び、実践し、修正)をする事によって、創造の元(問題を解決する為の糸口)になる「ひらめき」が生まれる。それを繰り返し実践し積み重ねる事で問題を解決に繋がる。

私は「ひらめき」がなければ、目の前の最も難しい問題を解決する事は出来ないと考えている。その人の才能によって「ひらめき」を与えられるわけではなく、成功に向かってチャレンジする我慢強さを、限界まで頑張り続けた人にしか、「ひらめき」を与えてくれない。

そうして目の前の最も難しい問題を解決したとき、創造、発想力とともに、新たなステージが目の前に開けるものである。

この潜在意識を何としても志を実現させるという願望から、使う様にして欲しい。

反省・感謝

 一日の終わりに自分の至らないところ(私や仲間から注意された事)は(はん)省し、有難い事は感謝する。そして、次の日からに新たにしてほしい。それぐらいの気持ちがないといつまでたっても成長していく事はできない。その様に毎日毎日を繰り返していく事が大切である。

自反尽己

) 孟子(もうし)の説く「自反」に、安岡正篤氏が「尽己」を加えた「自反(じはん)尽己(じんこ)」という言葉ある。

これは【指を相手に向けるのではなく自分に向ける。すべてを自分の責任と捉え、自分の全力を尽くす事である。】という意味である。

渡部 昇一は、「大きな成功を遂げた人は、失敗を人のせいにするのではなく、自分のせいにするという傾向が強い。失敗や不運を自分に引き寄せて考える事を続けた人と、他のせいにして済ます事を繰り返した人とでは、かなりの確率で運のよさが違ってくる。」

松下 幸之助も「僕はな、物事がうまくいった時にはいつも皆のおかげと考えた。うまくいかなかった時はすべて自分に原因があると思った。」と話している。

物事を上手くいく為に、すべてを自分の責任であると捉え、上手く進む様に自分の力を最大限に使う事は、人生・経営をしていく上でのもっとも大事な事である。

学問と実践 

『論語』に「君子(くんし)上達(じょうたつ)し、小人(しょうじん)下達(かたつ)す。」とある。

これは【君子はより高いものを求めて向上し、小人は(はん)対に程度の低いものを求めて墜落してしまう】という意味である。この言葉は、一つの図を頭に描くととても分かりやすくなる。例えるなら上向きの矢印と下向きの矢印だ。当然君子は上向き、小人は下向きとなる。目線を上に向けて生きていくのか、下向きに生きていくのか。と問いかけられているように感じる。君子は道義を踏まえた上で、研鑽(けんさん)を積み、それを実社会で活かそうとする。小人は目先の利益を優先する上に、享楽(きょうらく)(ふけ)ってしまう。明らかに矢印の向く方向が異なる。仕事に向き合う姿勢にもお同じ事が言える。自分で考えて工夫する、先を見通して次の段取りをしておく、わからない事は速やかに解決しておく、自分の時間を大切にする、これらの積み重ねがいつか大きな成果に繋がる。一方言われたことだけしかしない、努力せずに結果だけを求める、人の批判をする。遊び友達との付き合いを優先する、これではいい仕事は出来ない。両者の矢印の方向は明らかだ。

君子が志をもって、自分の理想に近づこうとすれば、当然努力する。目標の持った人は向上していく。一方、小人は楽をして成果を得たい、卑怯な手段を使ってでも利益を得たいと邪な事を考え、実行する。もちろんそれで向上するはずがないが、孔子の言葉は厳しい。「小人は下達す」と言っている。つまり今いる場所にも止まっていられない。どんどん墜落していくという事である。孔子の選択には、上か下しかなく、その場に止まる事はないのである。明確な表現となるが、とても厳しい見方である。初めは小さな差が、心がけ一つで大きな差を生むという事だ。

大善小善

 この大善小善は「大善は、非情に似たり」「小善は、大悪に似たり」という仏教の教えである。大善は本気で相手のことを考えて行う行動。小善とは自己満足の為に行う行動である。つまり、本気で相手のことを考えた行動は非情に見えても、良い結果になるという事。一方で、自己満足の為に行う善行は、善意から行った事でも大悪になる。

人の将来を良くする事を本気に考えて厳しく接する事が出来る人は、けむたがられるかもしれないが、長い目で見れば、人を大きく成長させる事が出来る。これは大善である。本当の愛情は相手を幸せする。

逆に、会社、その人の将来を良くする事を本気に考えず、仲間と仲良くする人は、一見良い人に見えるかもしれないが、結果、仲間をダメにしていく。これは小善である。うわべのだけの愛情は相手を不幸にしていく。

社会人、大人として、会社と仲間の将来の事を真剣に考え、本音で良い事で続けてほしい事は褒める。続けてほしくない事はきちんと注意出来る人に育っていかなければならない。

うわべの話や、お世辞とかではなく、本音で話す集団でありたいと考えている。

2.ひらめき

 あらいでは、志を掲げ、厳しい未来に挑戦していく中で、目の前の最も難しい問題を解決していく時に、なんとしてでも成し遂げるという強い気持を持ち続け、誰にも負けない努力(自分のすべてをつぎ込む、寝ても覚めても考え、謙虚に学び、実践し、修正)する事によって、創造の元(問題を解決する為の糸口)になる「ひらめき」が生まれる。そのことを繰り返し実践し積み重ねる事で問題を解決に繋がる。

私は「ひらめき」がなければ、目の前の最も難しい問題を解決する事は出来ないと考えている。その人の才能によって「ひらめき」を与えられるわけではなく、成功に向かってチャレンジする我慢強さを、限界まで頑張り続けた人にしか、「ひらめき」を与えてくれない。

そうして目の前の最も難しい問題を解決したとき、創造、発想力とともに、新たなステージが目の前に開けるものである。